有限会社MUGEN本舗

ゲーム、バンド、漫画、映画、小説、なんでも批評ブログ

はじめに「自己紹介」

どーも、「有限会社MUGEN」の管理人です。

 

サブカルクソ野郎の俺がいろんなジャンルのいろんなことに好き勝手言うブログです。

 

ここで、俺の自己紹介をすこし、

俺は三重のクソ田舎に生まれました。

親父、母さん、3歳歳上の兄貴と俺の4人兄弟。

小学校までは「おっぱい、ちんちん、まんまん」

の3単語で人を笑わせまくるエロガキでしたが、中学はガリ勉クソナードに転落。

みんなからは「ムッツリキモ野郎」

と言うあだ名で呼ばれていました。

中学時代は、オタクにもなれず、ヤンキーにもなれず、日々、親父の影響で小説と漫画と映画を貪る日々でした。

 

唯一得意だったのが勉強でしたので、高校受験を頑張って地域で1番頭いい進学高に入学しました。

この頃の俺は調子に乗りに乗っていました。

「進学高に行けなかった人は人にあらず」

くらい思っていましたが、周りのレベルについて行けず、あえなく、高校でもクソキモナードと成り下がりました。しかも勉強もできないときた。

 

そして、受験シーズン真っ只中の高3の夏に

「別に勉強しても幸せになれなくね?」と死ぬほど拗らせ始め、

全てに無気力になり、学校に行かず、図書館で時間を潰すようになり、より小説と映画と音楽に傾倒して行くようになりました。

 

そこで出会ったのが、筋肉小女帯、大槻ケンヂのエッセイ集でした。そこに書いてあった

「人生うまくいってないならバンドをしなさい!」

を信じ、バンドをやる事を決意。

それからは図書館にも学校にも行かず、ひたすらバイトに明け暮れてギター購入資金を集めました。

 

大学はなんとか名古屋のFラン私立大学に滑り込み入学。

 

そこで、バンドを結成し、朝から晩までバンド仲間と遊び呆けておりました。もちろん、勉強もせず、大学にも行かなかったです。

その頃の俺の口癖は

「俺、プロになって稼ぐからよ」

でした。自分の息子がこんなこと言い出したら、ぶん殴りますね。

 

そして、当たり前のように留年しました。

母さんが泣いてるところを見たのはおじいちゃんが死んだ時以来でした。

流石にそこからは心を入れ替えてそれなりに勉学にも励み、卒業。

就職は名古屋のとある会社(専門的すぎて書くと一発で特定される)に潜り込みました。

 

入社一年目、やる気まんまんでした。意気揚々と配属された場所に行ってみると、先輩の目が死んでいました。

あれ、これはもしかするとやべえかもな?と思っていたら、案の定、

先輩に挨拶も無視され、仕事も教えてもらえませんでした。

そのため、俺の仕事と言ったら、ただひたすらデスクトップの時計を眺め続ける事だけでした。

 

誰に聞いても仕事をもらえず、時計を眺め続ける日々を半年近く続けていた矢先に、俺のメンタルは完全にぶち壊れました。

 

もともと、要領の悪いインキャだったのも災いし、まったく周りと溶け込めなかった俺は次第に酒の量も多くなり、当時の彼女とも破局

 

そんなおりに配置替えがあり、今は仕事が出来ないながらも、環境も変わり、そこそこ楽しくやってます。一度メンタルぶっ壊れてるので上司も腫れ物扱いしてくれて、少しのミスでは怒られません!!

 

こんなハッピーな俺が、少しでもあなたにハッピーを届けられたらな!と思ってこのブログを作りました!(白目

 

どうぞよろしく!