俺には3つ年上の兄貴がいる。
兄貴は俺と違い頭が良かった。
中学の時は常に学年トップ、高校は市のトップクラスの進学校。大学受験は志望校こそ落ちたものの、二次試験で超高倍率をくぐり抜け、国立大学に進学。就職先は誰もが知っている一流企業だ。
俺は昔からよく兄貴と比較された。
母さん、父さんの口癖は「お兄ちゃんみたいに頑張りなさい」だった。
俺は兄貴を見習い勉強を頑張って、高校は兄貴と同じ高校に進むことが出来た。
でも、高校3年生の時、ドロップアウト。学校に行かなくなった。
その時、勉強をしない俺を心配して両親はよく勉強するように発破をかけていたが、兄貴だけは「俺とお前は違う人間だから、好きなようにやればいいんだ」と言ってくれた。
俺にとって兄貴は勉強が出来て優しい、こんなこと言うと、小っ恥ずかしいが自慢の兄貴だった。
俺たちは仲が良かった。自分の部屋にいるよりも兄貴の部屋で一緒に映画見たり、ゲームしたり、漫画読んでた時間の方が長かったくらいだ。
2015年の春。兄貴は大学院卒業を控えていた。就職先は地元三重から遠く離れた地方都市だった。俺はと言うとバンドにのめり込み過ぎて大学を留年。兄弟でなんとも差が出来たものだった。
年度末を控えたある日、部屋で寝ていた俺は兄貴に叩き起こされた。
「ゴエモン3するぞ」
頑張れゴエモンシリーズの第三弾だ。
シリーズ初の協力プレイが可能になった作品だ。
俺と兄貴は小学生の頃、このゲームを朝から晩までやり込んだ。きっと俺と兄貴にとって、初めてプレイしたゲームがこのゴエモン3だった。
このゲームが妙に難しくって、クリアするまで随分と時間がかかった記憶がある。
しかし、ストーリーは壮大で面白く、俺と兄貴は夢中になってゲームを進めた。
なんでまた、ゴエモン3なんてするんだろう?と訝しげに思いながらも、兄貴とゲームをやり始めた。
やり始めると「うわ、懐かしいな」「ここどうやってクリアするか覚えてる?」なんて話を2人でしながらストーリーを進めていた。
やりながら、俺はふと気がついた。
きっと、これは兄貴なりの俺への別れの挨拶なのだろう。
兄貴は優しくて真面目だったが不器用だった。
だから女にモテたためしがない。
面と向かって、俺たち家族にお別れの挨拶なんて絶対に言えない男だ。
特に1番距離の近い弟の俺には死んでもそんな事を言うタイプじゃない。
きっと、こうして思い出のゲームを一緒にプレイする事が兄貴なりのお別れの挨拶なのだろう。
小っ恥ずかしくなった俺が「そろそろ夜も遅いから寝よう」と言っても、兄貴は「クリアするまではやろうや」と言って、無理やり付き合わされた。
結局ゲームはものの4時間か5時間程度でクリアした。
昔、あんなに手こずっていたのが嘘のようだった。
あんなに壮大だと思っていたストーリーも改めてやってみると、とても短く感じた。
時間が経ち、大人になった事を感じずにはいられなかった。
「なんか、短かったな」「意外とな」
そんな事を2、3話た後、俺たちは寝た。
それからしばらくして兄貴は家を出ていた。
もちろん、俺に対して別れの挨拶などはしなかった。
今でも、俺たちは盆と正月に家に帰れば一緒の部屋で映画を見たり、ゲームを見たりして過ごす。
俺も兄貴ももうアラサーと言われてもおかしくない歳だ。
仕事をしていると、日々、いろんな事が起こる。ほとんどは嫌なことだ。
俺も兄貴もそんな日々の中で大人になってしまった。
ただ、2人で遊んでいる時だけは、俺たちはアラサーの社会人ではなく、昔のガキだった頃の馬鹿兄弟に戻れる。そんな気がするのだった。