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最強格闘家になろう 第八話「愛の教育」

晴男が出所する3年ほど前に話は遡る。

 

吉岡清一郎は絶望していた。

とある小学校の廊下を彼は足取りも重く、憂鬱な表情で肩を落とし、歩いていた。

 

教師になるのが夢だった。

学生の頃は、未来ある子供達の道標となる。それが目標だった。そう思うと、胸が高なった。

 

しかし、今はどうだ。

教師になって早3年が経った。あの頃の気持ちは一体どこへ行ってしまった?

吉岡が、自分が担任を務める教室のドアを開ける。

その瞬間、水が彼を襲った。バケツに入れた水をぶっかけられたのだ。

全身が水だらけで、一気に体の体温が奪われた。

次の瞬間には児童の甲高い笑い声が耳に届いた。

学級崩壊。その4文字が吉岡の胸に重くのしかかった。

今年の春から吉岡が受け持つことになった5年3組は問題児が多かった。

いずれも教師に反抗的な児童であった。

しかし、吉岡はそう言った児童にこそ、愛と許容の精神で接するべきだろうと思い、優しく指導した。

それが間違いであった。いくらイタズラをしても怒らない吉岡のことを児童たちは完全に舐め腐るようになっていった。

子供は無垢である。それ故に愛おしい存在であるが、それ故に善悪の区別がまだ付かず、場合によっては大人も目を覆いたくなる様な残虐な行為に走る。

 

数人の児童が吉岡にイタズラを繰り返すようになり、今ではイタズラでは済まされない様な悪事に手を染める様になっていた。

その問題児の中心人物が神尾光(かみおピカチュー)であった。

光は小学生にしてはガタイもよく、身長も167センチあり、吉岡よりも背が大きく、また肉付きも良かった。

彼がクラスのボスとなり、学級崩壊を引き起こしているのだ。

 

その日も、吉岡に水をかけたのは光だった。

取り巻きの児童が馬鹿笑いをしている。

「馬鹿みたい!!!」

「見た?さっきの顔???」

囃立てる児童に、吉岡の頭に血が登った。

光の胸ぐらを掴みかかろうとする。

「おっとぉ!!!これ、ぎゃくたいじゃない!?!?」

そう言うと、ニヤニヤと光が笑いながら教室の奥に逃げていく。

すると、児童たちが一斉に叫ぶ

「ぎゃくたいだー!!!」

「暴力教師!!!」

「やめちまえ!!!」

吉岡は元々気の弱い性格だった。

児童たちからの罵詈雑言の嵐に、吉岡の心は耐えきれず、あまりのストレスに次の瞬間、気を失ってしまった。

 

次の日、吉岡は昼間から公園にいた。

吉岡は初めて無断で仕事を休んだのであった。

気を失った吉岡に対して、同僚の教師達の反応は冷ややかであった。

「そんなんだから児童に舐められるんですよ」

「情けない…」

「教師が虐められてどうするんですか?」

そんな言葉を投げかけられ、更に吉岡の心はささくれだった。腹が痛くなってきた。涙が出そうになるのを必死で耐え、吉岡はなんとか仕事をこなした。

 

そして、今朝、目が覚めたとき、自分がもう限界であることに気がついた。

それでも学校に行く為に準備をして家を出た。

地下鉄に乗り込み、電車に揺られる。

駅に止まる度、駅員の抑揚のない声が駅名を告げる。

職場がどんどん近づいてくる。

駅員が駅名を告げる。あと一駅で学校だ。そう思った瞬間、急激な吐き気に襲われ、電車を降りた。

朝の通勤ラッシュの中、吉岡は井の中のモノをぶちまけた。周りの人が騒ぎ始める。駅員が来る。

「大丈夫ですか?」

と言う駅員に

「大丈夫です、大丈夫ですから」

そう答え、急いでホームをかけていく吉岡は明らかに大丈夫ではなかった。

 

吉岡は公園にいる。

吐瀉物がついたスーツを脱ごうともせず、ベンチに座り、ぼんやりと公園を眺めていた。

最早、悲しみや苦しみを感じてすらいなかった。無だった。許容範囲を超えるストレスが感情と言う袋に穴を開け、そこから全ての内臓物が流れ出てしまったのだった。

 

吉岡は見るともなく、公園の敷地内を見ていた。

公園にいるのはホームレス風の男が1人一升瓶を抱え、ベンチに横たわっている。そして、恐らく小学生くらいの少年が3人遊んでいる。

こうして、傍目から見ている分には可愛いんだけどな…と吉岡は思う。

彼らは遊具を使い、鬼ごっこをしていた。

しばらくすると彼らはそれに飽きたのか、ベンチに横たわるホームレスの方にかけて行った。

彼らは棒でホームレスを叩きながら

「おーい、生きてますかー???」

「おじさん、なんで寝てんのー?」

「バイ菌とかもってそー」

とからかいだした。声色の中に、明らかにホームレスを小馬鹿にした様な響きが感じて取れる。

危ない、何かトラブルになる前に止めねば…

そう思い、吉岡がベンチから立ち上がった瞬間であった。

「うるせぇええ!!!」

ホームレスの怒号が飛んだ。

小学生が驚きで固まる。その固まった小学生の頭上に一升瓶を振り下ろした。

3人に対して一撃ずつ喰らわせる。

ゴン!ゴン!ゴン!と打ち据える音が3つ公園に響いた。

「う…うわあああ!!!」

小学生達は声を上げて泣き始める。

「だからうるせぇって言ってんだろうが!!!」

ホームレスがまた叫ぶ、すると今度は1人の小学生の頭を掴み、自身の顔まで持っていく。

小学生とホームレスの男が至近距離で向き合う形になった。

次の瞬間、ホームレスの男は小学生の鼻に噛み付いた。

小学生が痛みと恐怖で叫ぶ。

ホームレスの口から血が垂れる。小学生の鼻から流れた血だ。

ホームレスは小学生を力一杯押した、押し飛ばされた小学生は尻餅をつく、その顔は血塗れで鼻の先は食いちぎられてなかった。

「てめえら、食っちまうことにしたわ…」

ホームレスは血に塗れた口をもぐもぐと動かしながら言った。

 

ぎゃぁぁあ!!!と叫び声を上げながら小学生は散っていった。

「なんてことするんですか!?」

吉岡はホームレスにつっかかる。

「ニイちゃん見てたのかい?」

吉岡を見る男の顔は尚も笑っていた。

「子供相手になんてことするんですか?」

「何するって、ニイちゃん、見てて分からなかったのかい?」

「暴行でしょ!?」

「違う、さっきのは決闘だよ」

そう言うとホームレスは笑った。

「ニイちゃんが思っているよりもこの世は武術を修めている人間は多いんや…さっきの奴らはホームレス狩り流の格闘家やな…」

「ただの小学生でしょ!?」

「まぁ、そんなあいつらもワシの『愛の教育格闘術』の前にはなす術もなかったがな…」

「愛の教育格闘術!?」

吉岡は耳を疑った。子供に危害を加える、そんなものが教育な筈がない。

教育の本質は愛だ。愛がなければ教育ではない。子供の鼻を噛みちぎる事が愛なわけない。

「あなたは間違っています…」

吉岡は絞り出す様にそう言った。

「ほう…どう間違うとる?」

夕暮れを背にしながら男は吉岡に問うた。

吉岡は何故か何も言い返せなかった。

「あなた…名前は?」

吉岡が問う。

「ワシの名前か…ワシの名前は加賀七明っていうんや」

男が血塗れの顔で笑う。夕暮れの公園、2人は言葉を交わさずに向かい合っていた。