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最強格闘家になろう 第九話「伝説の教師」

加賀七明、頭頂部は見事にハゲ上がり、側頭部に僅かに残る白髪が印象的である。

この男、よく見ると血色が良い、首も太く、胸板も厚い、顔のシワも少ない。

見た目以上にまだ若いのかもしれない。

 

「加賀さん、貴方に教育の何が分かるというのですか!?」

「君よりは分かっているつもりだよ、吉岡くん…」

なぜこの男は自分の名を、吉岡は思わず身構えた。

「君のところの校長とはね、昔からの仲でね、彼から君を1から鍛える様言われててね…」

「あなた…一体何者なんだ!?」

教育委員会お抱えの殺し屋…と言ったところかね…」

教育委員会が殺し屋を!?」

「いいかい、君が思っている以上に教育と言うのは深い、綺麗事だけではやっていけん…」

加賀はそう言うと、持っていた一升瓶を傾け、飲んだ。

ゴクゴクと喉を鳴らして数口飲むと、それを吉岡に渡した。飲めという事なのだろう。吉岡も傾けて飲む。

液体が口に入った瞬間、口内に火がついた様に熱くなった。刺激臭が鼻を抜ける。すぐに液体を吐き出し、激しくむせた。

「辛いだろ?」

「な…なんなんですか!?これは?」

「ガソリンや」

そんなものを飲ませるとは正気とは思えなかった。一歩間違えれば死ぬ。それ以上になぜこの男はガソリンを平然と飲んでいるのだろうか。

「なんて酷いことをするんだ…この人は?とか思っとるやろ」

加賀がケラケラと笑う。

「笑い事じゃないですよ!!!」

「でも、君はこれで、知らぬ人間から貰ったモノを無闇に信用しなれた。これが教育や」

加賀が口角を上げて吉岡を見据える。

確かにその通りだ。俺はなぜこのよく分からない男を信用してしまったのだろう。

もしこの液体がガソリンではなく、猛毒だったら…そう思うと血の気が引いた。

「そもそも、痛みなくして人は学ばんのだよ」

また加賀は瓶を傾けてガソリンを飲む。

「しかし、今の時代、無闇に手を出せば体罰ですよ!?」

「だからなんやねん!!!」

吉岡の頭に衝撃が走った。加賀が一升瓶を頭に振り下ろしたからである。

しかし、降る動作が一切見えなかった。気がついた時には衝撃が頭に走っていたのだ。

吉岡は頭を押さえる。手にぬめりとした感触があった。手を見ると血で掌が赤く染まっていた。血を見た瞬間、ズキリと痛みが走る。

あまりの痛さにそのまま膝を折ってその場に倒れ込んだ。

 

体罰や何や言われて、それの何が怖いんや!!!訴えられて職を奪われるんが怖いだけやろ!?そんなん自分が可愛いだけで全然教育のきょの字も出来てへんわい!!!愛や、なんや言うてヌルイやっちゃ!!!お前がやっとんのは虚育や!!!」

 

加賀はそう言いながら尚も瓶を吉岡の頭に振り下ろし続ける。

「痛い痛い!!!本当に死んじゃいます!!」

「死ね!!!ここで生まれ変わらん様やったら死ね!!!」

なんで僕がこんな目に…吉岡は薄れていく意識の中思った。

加賀の言う通りなのかもしれない。

同僚が怖くて、クラスの児童が怖くて、愛とか言って逃げていたのかもしれない。

僕の、初心、本当にしたかったこと、それは児童の道標となること、それを完遂する為なら、僕は…悪魔に魂を売る。

 

加賀が振り下ろした一升瓶を吉岡は片手で掴んだ。掴んだ手に力を入れて立ち上がる。

その顔は血に塗れて最早、吉岡だと判別できない。

吉岡は加賀から一升瓶をぶんどると一息でガソリンを飲み干した。

「ありがとうございます。目が覚めました…今日から俺は教育(悪魔)に命を捧げます…」

 

「ニイちゃん…良い面構えになったで」

血に塗れた顔面に瞳だけが煌々と輝いていた。

 

 

数週間後。

朝、5年B組の教室は騒がしかった。

いつも通り、光の周りに悪ガキ達が集まっている。

「今日から吉岡が復帰するらしいけど、また虐めてやろうぜ」

光が言う。その言葉を受けて、周りの人間がクスクスと笑う。

「俺、今日もスッゲーこと考えてんだ!!!」

光の考えたこととはこうだ。

まずは吉岡が教室に入ったと同時にバケツで水をぶっかける。そのあと、黒板クリーナーの中の粉をぶっかけて、ボコボコにする。

幼稚な作戦だった。それでも、光は自慢気に皆に言って聞かせた。

 

そもそも、こう言った非行少年と呼ばれる子供達は著しく知能が低い場合が多い。境界知能と呼ばれる健常者と知的障害者のボーダーラインに取り残された人間がこの世には実は多く存在する。彼らは他人が傷つくということを想像することすら出来ないのだ。

 

クスクスと悪ガキ達が笑っていると始業のチャイムが鳴った。

吉岡が来る…悪ガキ4人は光が考えた作戦を完遂すべく、定位置に着いた。

しかし、吉岡は来なかった。

その代わり、廊下側の窓、ドアの隙間からモクモクと煙が教室に入り込んできた。

「火事だー!!!」

誰かがそう叫ぶと、クラスメイトはパニックを起こし、皆叫び始めた。

『皆さん、火事です。落ち着いてください…慌てずに校庭に避難してください』

校内放送が流れる。皆その放送に従い、校庭へと向かった。

 

校庭に光達が着くと、そこには異様な光景が広がっていた。

教師達が全員で組体操のピラミッドを作っているのである。

そして、皆、老若男女関係なく全裸であった。

そのピラミッドの頂上に男があぐらをかいていた。

男は筋骨隆々であった。半裸でその分厚い上半身は剥き出しになっていた。金の冠を被り、赤いマントをたなびかせている。

この男、姿形こそかわれど、その顔は吉岡清一郎であった。

 

「貴様ら、並べ…」

吉岡がドスの聞いた声でそう言う。

ピラミッドの前に児童が並ぶ。

吉岡が顎で1人の教員に合図を送った。

その若い男性教員は恐る恐るピラミッドから抜ける。一瞬バランスが崩れかけるも、ピラミッドはなんとか持ち堪えた。

教員は児童一人一人を確認して回った。おおよそ300人程だ。そして、全校生徒がその場にいることを確認すると、ピラミッドの前に戻った。

「全員います…」

そう教員が告げると、吉岡の目に一筋の涙が光った。

「よか…よかった…皆さん…今日は避難訓練をしていただきました。緊張感を持っていただく為に本当に校舎に火を放ちました…皆さん全員が無事かどうかは賭けでしたが、みんな無事で本当によかった」

吉岡は言葉に詰まりながらそう言った。号泣していた。吉岡の言葉通り、ピラミッドの後ろに建っている校舎は火の手があがり、轟々と燃えていた。

「それはそうと」

吉岡が涙を手で拭いながら言う。その声色は先ほどの涙で濡れた声ではなく、ドスの聞いた鉄の様な声であった。

「君達には今日特別授業を受けていただきます…この中で1番仲のいいお友達と2人組を作ってね」

吉岡の言葉通り、児童は不安げではあるが、2人組を作り始めた。

全員が2人組を作った頃を見計らい、吉岡は児童に語りかけた。

「皆さん!!!なんで、先生達が裸でピラミッドを作っているか不思議に思っていることでしょう。でも、理由は簡単です。それはこいつらが俺よりも弱かったからです。いいですか、皆さん、この世は力が正義です。力が全てです。

それさえ覚えておけば、あとは何も学ぶ必要はありません…」

そこまで言うと、吉岡はピラミッドの上で立ち上がった。数人の教員が痛みに耐えきれずに呻き声を上げる。

「それでは特別講義を行う!!!貴様ら殺し合え!!!情を捨てよ!!!」

その声が校庭に響く、すると1人の児童がピラミッドまでかけて行った。光であった。

「誰がお前の言うとおりになんかするかよ、バーカ!!!」

吉岡を指差して光はそう言い放った。

言い放つと同時に、吉岡はひらりとピラミッドの頂上から飛び降りた。

落下が始まった時、吉岡は右足を空高く跳ね上げ、着地と同時にその足を光の頭上に叩き落とした。

「愛の教育拳法!!!その1!!!昔ながらの雷オヤジぃいい!!!」

吉岡がそう叫ぶ、光は既に意識はなく、首が折れたのか、あらぬ方向に頭が垂れ下がっている。吉岡はその光の首根っこを持ち上げ、皆に光の姿を見せた。

「これが弱者の姿だあああ!!!」

その言葉が合図であった。児童は一斉に殴り合いを始めた。

 

これは後に伝説の講義として世論と教育委員会を大きく揺るがしたのだが、それは別のお話。

 

 

児童達が殴り合う姿を遠くから眺めている男が2人いた。

校長と加賀だ。

「素晴らしい…これこそ、わしが思い描いていた教育の現場じゃ…グローバル社会に取り残された日本人は『NOとは言えない日本人』等と揶揄されておるが、この教育が行き届けば、『FUCK YOUが言えちゃう日本人』になれること間違いなしじゃ…ありがとう、加賀さん」

そう言って校長は泣いた。

「いえいえ、俺もね、利用させてもらっただけでっから、わいは遂に弟に勝つことは出来んかった。でも、吉岡なら、弟にも、弟の弟子とか言う奴にも勝てそうでんな…」

加賀はそう言って、ガソリンをガバガバと飲み干し、不適に笑った。