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最強格闘家になろう 第三十七話「できっこないをやらなくちゃ」

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https://www.toho.co.jp/movie/lineup/birigal.htmlより

 

選手入場口、観客の歓声が聞こえて来る。

薄暗いそこに2人の男がいた。

1人は片腕を包帯で吊るしていた。前田修人である。もう1人は小柄な男である。

彼の両腕は包帯で巻かれ、鼻もテーピングで固定されている。痛々しい姿である。山口ヴィクトロヴィッチタッカーシーであった。

先の前田との試合で、両腕前腕にヒビが入り、鼻は折れていた。

 

普通なら試合できるような体ではない。

「俺が言うのもなんだけど…お前、その体でやれるのか?」

前田は言ったそばから、ポリポリと自分の頬をかいた。自身の言葉が気恥ずかしく、山口から顔を背け、バツが悪そうに口を歪めた。

 

そんな前田に山口はサムズアップした親指を突きだした。

 

「できっこないをやらなくちゃ」

そう言って、ニッと山口は笑った。

カラッとした見た人を元気にする笑顔だ。

 

前田は呆気に取られた。

これが今から戦いに行く男の姿なのか?

前田にとって戦いとは、嫉妬、恨み、憎しみをぶつける行為であった。

しかし、山口にはそのどれもない。

そこには負の感情は一切なく、まるで気の置かない友人に会いに行くみたいな顔をしていた。

こんな太陽の様な男がいるのか?

前田は見惚れていた。

 

山口が会場へと歩き出した。

狭く薄暗い選手入場口から光り輝く会場へと進む山口の後ろ姿は光が差し眩しかった。

 

 

敵は強敵だ。

ティーピー・ワンダー。世界的なシンガーである。まさか武術の腕前があれほどとは…

一回戦で見せた連打なら速さ、打撃の強さ、そして正確性、どれをとっても超一流であった。

とてもじゃないが打撃対決となれば勝ち目はない。

その上、あっちはほぼ無傷で2回戦進出を決めているのにこちらは全身ボロボロだ。

それでも、やるしかない。

ダメなんかじゃない、俺たち、終わらせんな可能性!!!

オーディエンス(観客)が待っている。

そう、心に決めると、山口は暗い入場口から会場へと走り出た。

その瞬間、観客が叫ぶ

「山口ぃー!!!」

「お前しかいない!!!」

「勝ってくれ!!!」

そうだよ、お前ら、俺が山口だ。

片手を天に向けて上げる。

観客が沸きに沸く。

そして、マットの向こうには大柄な黒人がいた。彼は上半身裸、下は黒いパンツに身を包み、黒いサングラスをしていた。

ティーピーワンダーである。

 

 

2回戦第4試合山口ヴィクトロヴィッチタッカーシー対スティーピーワンダー!!!

 

ティーピーは笑っていなかった。

第一回戦の時、ずっと顔に張り付いていた笑顔が消えていた。

「ワルイガ…ジョウキョウガカワッタ…」

ティーピーはボソリと呟いた。

それに山口は答えず、拳を強く握り構えた。

 

試合開始の合図が鳴る。

 

その瞬間であった。

ティーピーの左足がマットを踏みしめた。ドスンッ…と言う鈍く太い音が会場中に響く、響いた時、スティーピーの拳は山口の顎を捉えていた。

ただの正拳突きであった。しかし、異様に早い。その肝は踏み込みであった。

下半身の高速踏み込みにより、加速した上半身が回転し、それが音速の拳になり、山口を襲ったのであった。

 

避ける暇もないほどの音速拳が顎にぶち刺さった。顎は一撃で即KOに繋がるほどの急所である。

なぜならば、顎を殴られると、脳が揺れ、その結果脳震盪が起きるからである。

 

しかし、幸か不幸か、山口に脳震盪は起きなかった。なぜならば、スティーピーの一撃は山口の顎を砕いたからである。

 

顎が砕かれたおかげで衝撃が分散され、一撃は脳を揺さぶるに至らなかった。

 

山口の口から血が吹き出す。

山口は脳こそ揺れなかったが、顎に火がついた様に熱を持ち、その日火は蛇となり、顔中をのたうち回って激痛となった。

 

山口は両手を上げ頭を覆い隠し、腰を低くした。亀のように身を守った。

 

その上から容赦のないスティーピーの連打がうちこまれていく。

 

固いガードの上から雨のように打撃が降り注ぐ。

 

山口は打撃の雨に耐えきれず、膝を折って、倒れ込んだ。

倒れ込み、それでも体を丸め首の後ろで手を組み、ガードの体勢を作った。

その上からスティーピーが更に打撃を叩き込んでいく。

ティーピーの顔に笑顔はなく、無表情で打撃を打ち込み続ける姿は機械の様だった。

 

 

「嘘だろ…山口が…」

「負けちまうのか…」

「そんな…」

ヤッマグチ…ヤッマグチ…ヤッマグチ…ヤッマグチ!!!ヤッマグチ!ヤッマグチ!!!

観客の声援が会場に響き、山口に届く。

その時、亀の様に床にへばりつく山口が叫んだ!!!

 

「何度だって立ち上がるんだよ!!君よもう悲しまないでくれ!」

 

なんと、亀のように床にへばりついていた山口が足を踏ん張り、膝立ちで立ち上がろうとしていた。

驚異的なタフネスとメンタルである。

打撃の雨を跳ね除け立ち上がったのだ。

 

「なぜ、そこまでして立ち上がる」

ティーピーが打撃の手を緩めずに聞いた。

その声は息が上がっておらず、連打を1分以上続けているにも関わらず、スタミナに余裕があるのだろう。

 

「別にね、僕はね、強いわけじゃないんですよ!!!強くなりたいだけなのよ!!!なんでかってね!!!なんでかってね!!!それはね!!!君の為に強くなりたいのよ!!!あんたらの為に強くなりたいの!!!俺は!!!君を守って!!!僕を愛して欲しいのよ!!!」

 

そう言うと、山口はガードを解いて、仁王の様に立ち上がった。その身体に容赦なくスティーピーは連打を打ち込んでいく、みるみるうちに山口の全身は血に染まっていく。

顔からは鼻血が、口からは唾液とともに血が飛び散り、額は切れ、頬は裂け、腕は折れ、腹は青痣が出来、それでも山口は仁王立ちで立っていた。

観客が嗚咽を上げて山口の姿を見守る。

ヤマグチコールはなおも大きくなっていく。

 

ダメージに怯まず山口は折れていない方の拳を振り上げる。

 

雨にも負けず、風にも負けず…

振り上げた拳は打ち込まれた。

その拳はスティーピーの連打の雨をを潜り抜け弾き飛ばし、スティーピーの胸をえぐった。

ティーピーの身体が宙に浮く。

 

コイツドコカラコンナチカラガ!!!

 

ティーピーは宙に浮いた身体が地面に着くと同時にまた山口に飛びかかった。

今度は山口の頭を両手で抱え込み、顔面に膝をぶち当てた。

山口の歯が砕け散った。しかし、山口の両腕はスティーピーの腰に巻きついていた。

山口はこの時、そう、グラップリング(組技)をずっと待っていたのである

 

「始めるよ準備はいいかい!?こいつが可能性!!!」

 

そう言うと、山口はスティーピーに胴タックルをぶちかました!!!

ティーピーがもんどりうって倒れる。そこに山口が覆いかぶさる。

山口はスティーピーをグラウンド(寝技)にもつれ込ませる事に成功したのである。

 

その時であった。スティーピーが山口の身体を叩いた。

「オレノマケダ」

 

なんと、ここでスティーピーギブアップである。

 

これには観客がキレた

「ふざけんなよ!!!」

「大御所なら何やっても許されるのか!?」

「それでエンターテナーなんて笑わせるぜ」

会場は大ブーイングに包まれる。

 

「な…なんで…?」

山口はスティーピーから離れ、その場に倒れ込んだ。

「イッタダロ?ジョウキョウガカワッタ…オマエニハムキズデカチタカッタガ、グラウンドニモチコマレタジテンデソレガムズカシクナッタ…」

 

ティーピーはそう言うと、選手入場口に向かって歩き出した。

 

「グッドラック、パンクロッカー」

彼は山口には振り返らずにそう呟いた。

それが合図の様に、山口はその場で気を失い、マットの上に倒れ込んだ。

 

勝者!!!山口ヴィクトロヴィッチタッカーシー