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真・最強格闘家になろう 第九話「引力」

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下衆際は前田が落ちるのを確認したと同時に出口目掛けて走り出した。

 

人をかき分け階段を駆け下りる。

 

あと数分もすれば騒ぎを聞きつけた警察官が押し寄せるだろう。

 

その前に逃げてしまわないと。

 

一階に降りれば、人の群れを縫う様に走り去っていく、人々の罵声、怒声を背に浴びながら走り抜ける。

 

そして、出口。このまま夜の闇に消えよう。

 

そう思い、店の敷居を跨いだ瞬間目に飛び込んできたのは、木製のベンチだった。ベンチが自分の顔面めがけて高速で近づいてくる。

 

下衆際は全てがスローモーションに見えた。

 

な!?なんで!?

 

木製のベンチが顔面に激突するや否や、その衝撃たるや凄まじく、下衆際の身体が半回転して後頭部から地面に叩きつけられた。

 

「ラウンド2ぅ…」

 

前田がベンチで下衆際をぶん殴ったのである。

地上に叩きつけられるも、前田には2つの僥倖があった。

 

それは落ちた場所がゴミ捨て場であり、ゴミがクッションになった事、そして、山口から習っていた受け身を取れたお陰で衝撃が軽減した事である。

 

勿論、それを差し引いても地上にぶち当たった衝撃たるや凄まじかったのだが、一重に前田を立ち上がらせたのは下衆際への激しい怒りからであった。

 

この野郎、ただじゃおかねえ

 

殆ど執念のみで立ち上がり、店に再度入ろうとした瞬間、二階から降りてくる下衆際が見えた。

前田は店の前に置かれていたベンチを両手で持ち上げて下衆際にぶち当てたのであった。

 

木製のベンチが砕けちる。

倒れ込んだ下衆際を見下ろす前田。

もう容赦しねえ…

前田はすぐさま足を振り上げて、かかとで下衆際の顔面を踏み抜いた。

 

が、前田の足には踏み抜いた感触がない。

視線を落とせば下衆際はすんでのところで首を曲げてかかとを回避していた。

 

下衆際の顔は血だらけで、木片が顔中に突き刺さり、痛々しいなんてものじゃなかった。意識があるのがおかしい程の怪我だった。

 

ガラ空きだぜ

 

下衆際がそう言って笑った。

前田は本日幾度目かの失態を犯していた。

 

これは実戦から身を引き、ヒリヒリした修羅の日常から脱し、所謂普通の生活を送っていたが為に生まれた油断だった。

 

無防備な股間を敵に晒してしまっているのである。

 

下から下衆際が掌底を前田の股間に叩き込む。

正拳ではなく、掌底にしたのは、衝突面の凹凸を少なくして確実に睾丸を潰す為である。

 

前田が雄叫びを上げて倒れ込んだ。口から泡を吹き、目は白目になり、身体は痙攣している。

 

そして、ズボンの股間部分は潰れた睾丸から滲み出た血で赤く染まっていた。

 

「なかなか強かったぜ」

 

下衆際はそう言うと立ち上がり、夜の街へと走り去って行った。

 

 

「なんか、さっきから後ろが騒がしくないか?」

 

原がそう言うと山口と藤浪が立ち止まり後ろを見つめる。

 

その頃、原達がいた居酒屋では前田と下衆際が死闘を繰り広げているところであった。

 

が、そんな事知る由もない3人は気のせいじゃない?なんて事を言いながら夜の街を歩いていた。

 

すると、突然、藤浪が

 

「ちょっと雑誌を買いたい」

 

と言い出した。

 

「お前、今買わなくてもいいだろ」

 

「いや、今日が週刊デコレーショントラックの発売日だってうっかり忘れてた。ニッチな雑誌なもんでな、今日買わないと店頭から消えてしまうのだ…」

 

 

ちょっと待っててくれ、と言って藤浪は近くのコンビニの中に入って行った。

 

残された原と山口は仕方なくコンビニの外で藤浪を待つ。

 

原はボンヤリと夜空を見上げていた。

明日仕事かー、やだなー、まあ、また頑張るかー、なんて事を1人考えていた。

 

一方、山口は自分達が歩いてきた道を眺めていた。歩いてきた方角から歩いてくる人々の様子がおかしいのだ。

何か色めき立っている様な印象を受ける。

そして、決めては微かに聞こえてくるサイレンの音だ。

 

それがドンドン近づいてくる。

 

何かが起こったのだ。それも悪いことが、胸騒ぎがする。

 

山口は身体が自然と熱くなっていくのを感じていた。

 

身体が備えている。何に?

 

決まっている。戦いにだ。

 

じゃあ、誰と?

 

今日は何かが起こる…

 

それは、武に人生の殆どを費やした山口だからこそ感じ取れるシックスセンスであった。

 

すると、人混みの中から一際大きな体をした2人組がこちらに歩いてくるのが分かった。

 

1人は金髪を後ろで束ねている色男だ。身体はデカく厚い。逆三角形の均整の取れた身体をしている。

 

その隣に歩いている男は背が幾らかその男よりも低い。が、体の分厚さは劣らず、いや、この男の方が肉厚で筋肉の鎧を全身に纏っている。

 

その2人がこちらに近づいてきている。

前から歩いてくる2人は俺たちに気がついていないが、俺は感じ取っている。

 

この2人が今日戦う相手だ。

 

もう酔いはすっかり抜けていた。

アルコールの代わりにアドレナリンが全身を駆け巡る。

 

 

 

 

「前田さん飲み過ぎなんすよ…あの人…アルハラですよ!!!アルハラ!!!」

 

炎山は口を尖らせて桜井に詰め寄る。

 

「うるさい、帰って寝るぞ」

 

桜井は素っ気なくそう返す。

 

街に着き、前田、桜井、炎山の3人で酒を飲みに行ったはいいものの、前田の酒乱が酷く、前田は飲み終わるや否や桜井と炎山を残して、「お前ら先帰ってろ」と言い、歓楽街へと姿を消してしまった。

 

仕方なく2人で宿泊先のホテルへと帰る途中であった。

 

「もぉ、あーあ、飲み会中にこんなに女の子たちからのLINE溜まっちゃってるよ」

 

炎山はスマホを見てため息をついた。

 

おい、と桜井は声をかける暇もなかった。

 

炎山がスマホを見ながら歩いていたその真ん前に空を見上げている青年がいたのだ。

 

 

2人の青年、原と炎山は図らずもぶつかってしまった。

 

「いってえ〜、すいませぇん。だいじょうぶっすかぁ〜?」

 

と炎山は間延びした声でぶつかった男に話しかけるも、内心、炎山の心はざわついた。

 

この男、100キロ以上ある俺とぶつかって、身じろぎひとつしなかった。それどころか、ぶつかった俺の方が少し後ずさってしまったくらいだ。

 

こいつ強いな…それもかなり

 

「おう、こちらこそボーッとしてたわ…わりぃ」

 

原はにこやかに炎山にそう返した。

 

が、原の心中も穏やかではなかった。

 

男とぶつかった瞬間、肌を合わせた瞬間、原は理解した。ハロウィン力士として数多の男達を相手にぶつかっていった彼だからこそ分かる直感。

 

この金髪の兄ちゃんは強い。それも相当に

 

 

2人の心は燃えたぎったが、しかし、2人はそれを隠して軽い会釈の後、炎山は歩き、原はまた空を見上げた。

 

 

原の、そして炎山の姿を見て山口はホッとしていた。格闘家とは言え、武人とは言え、無益な争いは避けられるものならば避けたい。

無闇やたらと拳を払うのは彼の信条に反している。今夜あの2人と戦うと感じていたなんて、思い過ごしだったのだ。

 

 

しかし、原と炎山の心中たるや…

 

隠しても隠しても溢れ出る欲望。こいつと戦ってみてえ…

超A級の雄と雄が出会ってしまった。

それもお互い力比べの大好きな超雄同士がである。

これは性に飢えに飢えた男と性に飢えに飢えた女が出会ったのに等しい。

 

つまり、SEX(喧嘩)は当然の帰着。

 

 

炎山は踵を返して、原の元へと走っていた。

桜井が『おい!!!』と呼び止めるも声は聞こえていなかった。

 

 

原にしてもそうだ。空を見上げるのをピタリとやめ、炎山が歩いていった方角へと歩みを無造作に進めていた。

山口が『原さん!!!』と呼び止める声は聞こえていなかった。

 

炎山と原が道の真ん中で睨み合う。

すると、原が軽く頭突きを炎山の額にくらわせた。そしてお互いデコとデコをくっつけてメンチを切りあった。それは獣がする様に歯をむき出しにしての威嚇であった。

 

「謝りましたけど、あれ、撤回します。気に食わないっすわ」

 

炎山が言う。

 

「奇遇だな…俺もだぜ」

 

原もそれに答えた。

 

2人は歯を見せて獣の様に威嚇しあっているが、それは笑っている様にも見えた。