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坂道の猫

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俺のアパートは丘の上にある。

築30年ばかり、改築に改築を重ね、更に怪談と不気味さも同時に積み重ねたお陰で、安くてそこそこ綺麗だけどほんの少し不気味なアパートである。

 

当然、丘の上にあるからには避けられないのは坂道の登り降りである。

仕事に行く時なんかはまだマシである。

体力も有り余ってるから、意気揚々と坂道を駆け降りれる。

帰りがひどい、汗と涙で濡れたスーツはまるで黒人奴隷の足首につけられたオモリよりも尚重く感じる。

毎日坂道をトボトボ登り息を切らせるわけである。

住んでしばらくして、俺がいつも通る道に黒い猫が居着いている事に気がついた。

黒猫は大体帰り道に現れる。

ほぼ毎日会う。

そいつは俺をジッと見てきて、俺はなるべく興味なさげな振りをして、目も合わせずにそいつの横を通り過ぎる。

猫は俺が近づくと、ある時は飛び退き、ある時は俺の姿など見えていない様にくつろいでいた。彼、もしくは彼女はとても気まぐれでその感情を俺は全く解することが出来なかった。

まさに、女の心は猫の目なんて言うように、猫なんて生き物を理解しようなどどだい無理なわけである。

 

とは言うものの、あんまりにもよく会うものだから、自然と親しみを持つようになった。

俺は便宜的に彼、もしくは彼女を「クロ」と心の中で呼ぶ事にした。

クロは仕事帰りだけでなく、俺が車に乗って夜の街に出かける時なんかにも、歩道から俺の事を見つめてきた。

クロの目が夜道にキラリと光るのを見ると、なんだか得した気分にもなった。

 

俺とクロの緩やかな交友はなんとなく終わった。

特にクロは俺にサヨナラを言うわけでもなく、むしろ言うはずもなく、忽然と一年程前に坂道から姿を消したのだ。

どこかで読んだことがあるが、野良猫の寿命は平均すると5年らしく、大半が皮膚病にかかって死ぬらしい。

と考えると、俺がアパートに引っ越してきて5年が経つから、まあ、クロが死んでいても全くおかしくないわけである。

彼が姿を見せなくなって、俺が悲しんだかと言うと、全く悲しくはない。

 

それに我々の関係はウェットな関係ではなく、むしろ会えば挨拶をするくらいのご近所さんくらいなものだったから悲しくなろうはずもない。

 

別にたかが猫一匹居なくなろうが生活は変わらないのである。

 

猫のいない坂道に慣れ、クロの事なんてすっかり忘れていたのだが、最近また坂道に猫が現れた。

しかも2匹もだ。

白黒の模様を持った猫と、真っ暗な猫である。

2匹ともまだ幼い子猫だ。

その2匹は車を気にしながらよく道路を横断している。

おそらく、近所の公園か、もしくは人家を寝ぐらにして生きているのだろう。

更に想像を膨らませるとどこかで飼われていて、半分飼い猫、半分野良としてあざとく生きているのかも知れない。

 

うーむと2匹の子猫について思いを巡らしていると、ふと、もしかすると2匹は黒の子供なのでは?と思った。

ない話ではない。クロが白い雌猫と結婚して、雌猫が二匹の猫を産んだのだ。

しかし、クロは生来のフーテンぶりを発揮し、ふらりと旅に出て、更に母の白猫も「育児なんてまっぴら」と男を作って二匹を捨ててしまったのかも知れない。

残された二匹は悲観にくれるかと言うと、そうでもなく、まあしゃーないか、くらいな半ば投げやりな気持ちでフラフラ存外楽しくやっていたりするのかも知れない。

 

俺は特に二匹を飼おうなんて思わないし、哀れだとも思わない。そこらでひっくり返って死んでいたら墓ぐらいは作ってやるかも知れないけれど。

ウェットな感情はクロに対して同様持ち合わせていない。彼らに対してコメントを求められるとしたら、まあ、頑張ってくらいなものである。

野良猫との距離感はそれくらいがちょうどいいと思う今日この頃。