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ヒストレスヴィラからの脱走

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今日は少しだけ親父の話をしようと思う。

俺は親父に似たと思う。

 

俺の親父は若い頃は遊び人だった。

パチンコとパチスロとタバコが大好きだった。

タバコ嫌いの母さんとよく結婚できたなと思う。

休日は遊びまわる訳で、当然、俺や兄貴の面倒は母さんに任せっきり、幼少の頃の親父との思い出はほとんど皆無に等しい。

俺はそんな親父の事が好きになれなかった。

と言うよりも、親子なのに何を話していいかわからなかった。

 

親父は読書家で漫画好きの小説好き、おまけにゲームも映画も大好き。

親父の愛好品は親父の書斎から溢れ出し、遂には俺の部屋にそう言ったものを置くようになり、俺の部屋は親父の物置へと様変わりしていった。

 

俺は親父と話す代わりに親父の愛好品達を手にするようになっていった。

きっと、俺なりに親父のことを知りたかったからであろう。

 

俺はコロコロコミックスやジャンプを読む前にAKIRAを読み、かいけつゾロリを読む前に夢枕獏を読むようになった。お陰で漢字にはだいぶ強くなれた。

1番影響を受けたのは映画だった。

親父は幼い俺たちがいようがいまいが御構い無しに、グロ映画を喜んで見る男だった。

親父が見ている横で見たキルビルの衝撃を今でも忘れない。

 

こうして、俺は親父の放任主義の英才教育により、立派なオタクに育っていったのであった。

 

 

高校生の頃であったろうか、部屋にいる時に親父が俺の部屋にやってきてゴソゴソと何かを探している。

この頃には親父の遊び癖も大分おさまり、更に俺は親父の影響でサブカルチャー好きになっていたので話も合い、仲良し親子、とまではいかないまでも普通の親子と言って差し支えない関係性は築けていた。

 

「どしたん?」

「いや、探し物」

と親父は言う。

なかなか見つからないみたいだったので俺も手伝う。

と、本棚からズタボロになった本を見つけた。

「あ、それ、懐かしいな。筒井康隆だ」

親父はそう言った。

聴くと、親父は昔、大の筒井康隆好きだったらしい。作品は全部揃えたらしい。

俺はそんなこと知らなかった。親父が俺の部屋に膨大に置いいった愛好品達の中に筒井康隆の本が一冊もなかったからだ。

 

「昔、捨てたんだよ。全部。でも、これだけは捨てれなかったんだよな」

と親父は懐かしそうに言った。

 

その本のタイトルは「アフリカの爆弾」と言う短編集。

なんでも、親父はその本に収録されている「ヒストレスヴィラからの脱走」と言う短編をいたく気に入って人生の辛い時によく読んでいたらしい。

 

そんなことを言っているうちに探し物は見つかり、親父は部屋から出ていった。

そんなことを親父から聞いたら、その話を読まぬわけにはいかぬ。

ヒストレスヴィラからの脱走はおかしな話だった。

 

主人公の男は事業に失敗し全てを失う。

男は自分を見つめ直すため、地球人が誰一人といない惑星ヒストレスヴィラで孤独に数ヶ月テントを張って暮らした。

ある日、郵便が彼の元に届く、彼が持っていた株が急上昇して、一挙に彼は大金持ちになり、仲間達とまた事業を地球でしようではないかと言う話になった。

急いでヒストレスヴィラから地球に帰ろうと駅に行くも、地球行きの切符は3年前に売り切れており、すぐにヒストレスヴィラをたつことは出来ない。

とにかくヒストレスヴィラと言う惑星はのんびりとした惑星なのだ。

あの手この手を使いヒストレスヴィラからの脱出を試みる主人公。 

しかし、全てうまくいかない。ヒストレスヴィラの住人に聞いてみれば、この惑星にやってきたものでヒストレスヴィラから出ていったものは一人もいないとのことだ。

主人公は絶望的な気分になっていたが、その時、汽車が彼の前を走っていった。飛び乗る主人公。これでようやくヒストレスヴィラから出られる。安堵からうたた寝をした主人公。

起きた時、汽車はとある駅に着いたところだった。見覚えがある場所だ。そこはヒストレスヴィラであった。

主人公はヒストレスヴィラから脱走することが不可能であることを悟る。

 

辛い時に読むには暗い話だ。

俺はなぜ親父がこの話を気に入ったのか全く理解できなかったが、仕事を始めてから少しだけわかった気がする。

 

親父は日常から脱走したかったのだろう。

社会人になってから、毎日は同じことの繰り返し、昨日と今日が入れ替わっても気付かないくらいである。結婚して子供など出来ようものなら人生から冒険は足跡1つ残さず消え去り、残るは安定と言う名の生暖かい泥沼である。

 

だから親父は俺たち家族を置いて遊び歩いたのであろう。

 

それこそが親父にとってのヒストレスヴィラからの脱走だったのだ。

 

今、俺は働き初めて数年が経つ。

毎日は優しく、生温く、穏やかで、過去に抱いていた怒りや憧れや夢を忘れさせるには十分すぎるほどだ。

 

俺もいつのまにかヒストレスヴィラの中にいるのかもしれない。